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ロシア語自習室

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<プログラム作りは深淵に飛び込むようなもの(8・完)>エフゲニー・プラトフ

コサックの血を受け、オデッサに生まれ、モスクワで育ち、アメリカで生きる―
皆さまのおかげで、この長文を私なりにじっくりと読むことができ
ロシア語そのものやフィギュアスケートについてだけでなく
芸術、異文化、アイデンティティ、人生等、いろいろと勉強になりました。
最後まで拙訳にお付き合い頂き、どうもありがとうございました(^^)




オデッサ訛りとコサック魂

 ― あなたは何人でしょうか。ウクライナ人、ロシア人、アメリカ人、それともヨーロッパ人? あるいは単にオデッサっ子でしょうか。今、ご自分を何人だとお考えですか。

 いい質問ですね。私も自分自身にそれを問いかけてきました。当時、ウクライナの連盟は、私たちを金銭的にきちんと援助することができず、それで私たちはウクライナを去りました。モスクワが庇護してくれたので、私はたまたまロシア人ということになりました。住民登録票とパスポートを受け取りました。そして、すべてが分裂したとき、ロシア側の人間だということになりました(※ソ連崩壊により、完全にロシア代表選手になった、の意だと思います)。基本的には、私はウクライナ人であるはずです。そこで生まれたのですから。でも、この問題を自身に投げかけてみて、自分をよりロシア人だと感じていることが分かりました。

 私の父はロシア人で、ノヴォチェルカスク(※帝政ロシア時代、ドン軍県の首都が置かれていた街)の出身です。そこに全プラトフ一族がいました。プラトフ家はドン・コサックで、そこの住民の90%以上がドン・コサックでした。だから、父は生粋のロシアン(※ウクライナ人がロシア人に対して使う呼称)なんです。それに父は、自分たちをアタマン・プラトフ(※アタマンはコサックの首領の称号。ノヴォチェルカスクは当時のアタマン、マトヴェイ・プラトフによって建設された)の末裔だと考えています。母もロシア人です。少しだけポーランドとベラルーシのルーツも入っていますが、ウクライナのものではありません。ですから、私は自分をよりロシア人だと感じるのです。

 でも、私が生まれたのはオデッサで、私はこの街が大好きです。私はオデッサっ子です! ウクライナ人の血は流れていないとはいえ、どこか自分がウクライナ人だと感じる部分があります。ただ、12年間モスクワで暮らして、自分はモスクワっ子だとも感じました。言葉がフラットになって、「ショ」が消えて…

 ― そうだった(「ショ」の訛りがあった)のですか?

 そうですよ!(?) 私はモスクワで再教育されたんです! 「タ・ショ・タコエ?」(※「ダ・シトー・タコエ」(これはいったい何?)のオデッサ訛りの発音だと思います)と言うと、すぐに頭をはたかれてね。でも、私はオデッサの言葉が大好きなんですよ。オデッサには仲の良い友人たちがいて、向こうへ行って一緒に食卓を囲むと、もう大笑いしてしまうんです。それから、トロリーバスに乗ると…「じゃあ、(次の停留所で)オりますか?」「折りるって、あなた気は確かなの! 私は降りるんですよ」(※うまく訳せませんが、単語の使い方が微妙に違うため会話がかみ合わず、漫才のようになってしまうようです)なんてことになりますよ。オデッサでトロリーバスに乗ると、ものすごく楽しいんです。素晴らしいよ!

 ― 今ではアメリカが自分の家(故郷)になりましたか。

 たまたまそうなっただけで、誰も移住の計画を立てたわけではなかったんです。でも、当時はまったく環境が整わず、国が崩壊していました。一時期ガソリンがまったく無かったのを覚えていますか? 給油するには、深夜の2時から3時間ぐらい行列に並ばなくてはいけませんでした。私たちがいたモスクワのオリンピック・スタジアムでは、リンクに水をまく(製氷する)こともできなかったんです。ザンボニーを動かすガソリンがなくてね。それで(リレハンメル)オリンピックの後、トレーニングのために渡米しました。アメリカでは環境が整い、朝から晩まで無料のリンク、会場、食事、滞在費が与えられました。私たちはイエス・キリストの懐にいるようでした(何の心配もありませんでした)。そうして、アメリカは私の第2の家(故郷)になり、その地で1998年のオリンピックに向けて準備をしたのです。

 ― 自分が何か不必要にアメリカ化していると感じることはありませんか。合衆国は、やはり実際にかなりステレオタイプなのでしょうか。作り笑いだとか…

 しかめっ面で歩いて床につばを吐くよりも、にこやかに微笑む方がいいですね。私はこの国がとても好きです。でも、毎年オデッサへ行っていますし、何度かに一度はモスクワへも行きます。自分はアメリカへ去ってアメリカ人になった、とは言えません。私の事実上の妻(私たちは婚約中です)はイタリア系アメリカ人なんですけどね。つまり、これらのルーツも私の中ですっかり根を下ろしたということです。

 いいですか、アメリカ合衆国というのは、基本的にすべてが人々の(利益の)ために行われている国なのです。利益に反するのではなくてね。私は両親をアメリカへ連れて来て、小さな家を買いました。両親はそこに住み、外出には車を使い、幸せにやっています。他の国に反感を持つわけでは全くありませんが、アメリカには高齢者への敬意と礼儀があり、すべてが快適なのです。高齢者のための特別なコミュニティまで造られていて、私はそこに家を買いました。そこには専用のプールがあり、ビリヤード場があり、テニスコートがあります。私もそこでプレーします。そして、バスケットボール場に、特設のあずま屋もあります。ポーカーにブリッジ、それにアトランティックシティやニューヨークへのバス旅行など、毎日何か行事があります。費用はただ同然です。高齢者にとってこれ以上住み良い所がほかにあるでしょうか。オデッサで年金生活をしている人々は、苦しみ、とても痛ましいですが、彼らにそんな生活をさせるべきでしょうか? この年金を3コペイカ(雀の涙ほど)引き上げるために戦っている所がどこにあるでしょうか? これでどうやって生活するというのでしょうか?

 国がきちんとしたレベルに達しなければ、何が起こるかわかりません。アメリカでは、標準レベルが高いのです。ほんの小さなビジネスを持っていれば、商店を開くことが十分に可能で、それできちんと生活できるんですよ。家があって、車があって、週末は休んで、海へ出かけることができるわけです。だから私はこの国で生活するのが好きなんです。それに、私は人々が微笑んでいるのが好きです。その笑顔が心からのものでも、そうでなくてもね。人生もっと微笑まなくては。

 ― アメリカ合衆国は多くの文化を取り入れていますが、その中で独立して存在しているのは、おそらくニューヨークですよね。

 アメリカは非常に多彩な国です。カナダはもっと静かで、より規則正しい生活があり、小さな村々があります。人で溢れかえってはいません。その逆に、アメリカは非常に人が多い。私が住んでいるニュージャージーなどは特にです。でも、フロリダのような素晴らしい州もあります。私はニューヨークをとても愛しています。それは、おそらく、モスクワを熱愛しているからだと思います。今のモスクワは人で溢れかえり、あらゆるものが変わりました。10~15年前、こんなにたくさん車がなくて、ゴージャスな大通りに沿ってどこへでも好きなところへ飛んで行けた頃を思い出してみてください。素晴らしかった!

 では、ニューヨークの何が良いのか? クイーンズやブルックリンは嫌いですが、マンハッタンが大好きなんです。アベニュー、ストリート、ブロードウェイのショー、ネオンサイン、すべてがとても文化的です。街がきれいに清掃されていて、とても心地いい。マンハッタンは、文化的生活の中心地なのです。

 (終)
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コメント

No title

aopさん、ありがとうございます!すごく嬉しいです~(/_;)

No title

ecoさん、本当にほんとうにお疲れさまでした!
ただただそれだけです!(>_<)
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