<プログラム作りは深淵に飛び込むようなもの(5)>エフゲニー・プラトフ
後編には下記のような別のタイトルがついているのですが
ややこしくなるので前編のタイトルに通し番号を付けています。
世界選手権の話題は次回へと続きますので、お楽しみに^^
しかめっ面で歩いて床につばを吐くよりも
にこやかに微笑む方がいい
スピードへの渇望
― スポーツ選手の子ども時代の思い出は、肯定的なものと否定的なものとどちらが多いのでしょうか。
人それぞれでしょう。私の場合は肯定的で明るい思い出ばかりですよ。最初の頃のトレーニングは、夜の9時からでね。両親はもう子どもをどこへも連れて行きたくない。そこで子どもはこう言う。「パパとママが一緒でもそうじゃなくても、とにかく僕は行くよ!」ってね。そしてトロリーバスに乗ってリンクへ飛んで行くんです。たしかに暗い面も少しはあって、コーチからコーチへと渡り歩いたり、いろんな時期がありました。でも、子ども時代の思い出というものは、何か特別なものなんです!それに、あの匂い…リンクには馬場(サーカス場)のように、それぞれの匂いがあってね。1977年の、オデッサのスポーツ施設の、あの氷とフロンガスの匂い…私はそれが大好きになってしまったんです。すごく快感でね!
私はずっとスピードというものにやられてきました。当時、オデッサの街はその名をとどろかせていて、偉大な名手たちがしょっちゅう合宿に来ていました。スタニスラフ・ズークのグループのことは決して忘れません。私たちはみんな9歳以下で、まだスケートを始めたばかりでした。具体的に誰が来ていたのかは覚えていませんが、ペアの選手でした。彼らがウォームアップを始め、大きく踏み出す。ステップ、モホークの右、左、前進。そして、私の目の前を通り過ぎたんです!私は風圧に吹き飛ばされて、リンクの壁に貼り付けられてしまいました。その時わかったんです。自分がこの人の足元にいたら、そうはならなかっただろうってね(※「自分がこの選手みたいになれば、風に飛ばされないで済む」という意味?原文: Тогда понял, что попади я под ноги этому человеку, меня бы точно не стало. )。私はこのスピードにすっかりやられてしまって、「こんなふうに滑らなくちゃ。なんて快感なんだろう!」と思ったんです。
― フィギュアスケートの最高に美しい点は、他に何がありますか?逆に、ひどい点は?
美しい点は、芸術とスポーツとが一体化しているということです。こういうものが他にありますか? 体操と新体操はそうかもしれませんが、でも、この競技にはさらにスケート靴というものがあって、何もかも空を飛ぶんですよ。では、ひどい点は何か? それは、採点されるということです。私たちの競技には秒数がないので…いや、あります! リフトにありますね。(テクニカル)コントローラーがずっとストップウォッチを持っています。でも、もしジャッジが自分の考えを述べれば、それはもう主観になってしまいますからね。ただ、今回の世界選手権は、唯一ではないにせよ、すべてがフェアだった数少ない大会のひとつでした。他にこういう大会があったかどうか思い出せません。いったい何が起こったのかは分かりません。だって、アイスダンスの採点というものは身の毛がよだちますからね。しかし、モスクワでは非常に正しい採点が行われました。
(つづく)
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