<頭で考えずに滑ることができる> ステファン・ランビエル
その時、ステファン・ランビエルは本当に嬉しそうだった。2度の世界チャンピオンであるこのスイス人がショートプログラムをノーミスで滑り終えたのは、実に初めてのことだったからかもしれない。ファイナルでの勝利の後、彼の顔は嬉しいというよりも、満足げに見えた。
「全体的には満足しています。でも、まだしなくてはいけないことがあります」と、手短に自分の滑りについてコメントした。
ランビエルの有名なフラメンコは、一年前にスイス選手権で初披露されたものだが、彼はこのプログラムをもう1シーズン滑ることに決めた。それについてこう説明する。
フラメンコは、僕に本物の喜びをもたらしてくれました。舞踊の魂そのものに魅了されたんです。そして、僕にはこのプログラムを本当に演じ切る力があるということが、今ようやくわかってきたんです。
ー 今回の演技では、事前の申請とは大きくプログラムの中身を変えてきましたね。なぜですか?
新しいルールは、常に何かを変えることをスケーターに要求します。演技中の不必要なリスクを最小限に抑えることをね。例えば、僕ははじめ、ファイナルでは4回転ジャンプ1つで十分だと思っていたんです。でも、4回転の調子が良くないとわかって、それをもう一度繰り返すことに意味があるのかどうかを考えるようになりました。
こういう可能性があったんですよ。プログラムの最初の部分で失敗したコンビネーションジャンプを埋め合わせるために、敢えて4-3-2回転のコンビネーションに挑むこともできたんです。でも結局、よりリスクの少ないバリエーションである、トリプルフリップからのコンビネーションを選んだというわけです。
エヴァン・ライサチェクがすでにここトリノで語ったとおり、僕たちはみんな、今シーズン終了後にいくらかルールが変更されることを強く望んでいます。リスクの大きい要素にはより高い得点を付けてほしいのです。4回転ジャンプや、トリプルアクセルや、ある種のコンビネーションに。今のルールでは、リスクが正しく評価されていません。
ー あなたはいつもとても感情豊かに滑ります。でも頭の中では、常にこれから行うジャンプやステップやスピンのことを考え、コンビネーションをもうひとつ入れるべきかどうかの計算をし、さらに各要素を音楽と調和させるようにコントロールしなければなりませんよね。これらのことと感情表現とをどうやってうまく両立させているのですか?
その瞬間に自分が何をしているのかを考えたことは、これまで一度もなかったと思います。ちょうど思考が先走りするような感じです。身体は自動的に動き、頭はその時すでに次にするべきことだけを考えています。僕は多分、運が良かったのだと思うんです。これは得ようとして得られる能力ではないですからね。振り返ってみると、いつも思考が前へ走っていました。そういうわけで、一連の振り付けを自動的にこなすと同時に次の動きを考えることは、僕にとって実は難しいことではないのです。
ー もしあなたに現行ルールを変える権限があるとしたら、ずばり何を変えますか?
全部です!僕の考えでは、当然無理なことだとわかってはいますが、今の規定を両方のプログラムではなく片方だけに適用すれば、より公正になると思うんですよ。いま僕たちには、義務的と言ってもよいプログラムが2つ課せられていますが、それらの違いは何かというと、ひとつが2分50秒で、もうひとつが4分半というだけのことなのです。
片方のプログラムがすべて今の規定どおりに評価されることに対しては、何ら異存はありません。でも2つ目については、それがフリーと名づけられている以上、もっと自由にさせてほしいのです。でも今はそれができません。僕たちは初めからあまりにも融通のきかない枠にはめられています。同じステップを踏み、同じスピンをし、そのスピンでは同じようにエッジを替えることを余儀なくされる。何の意味もないと思うんですよ。
こんなことでは、観客が試合よりもショーの方を楽しみに来るようになってしまうかもしれません。それでも、僕たちの人生で重要なのは、やっぱりメダルのために闘うことなのです。
ー 2年前、あなたはここトリノの地でオリンピックの表彰台に立ち、涙を隠そうとしませんでした。その時の経験と、今とを比べることはできますか?
比べられません。グランプリ・ファイナルで勝てたことはすごく嬉しいし、とても誇りに思っていますが、オリンピックはまったく別の物語です。これは言葉では言い表せません。とほうもないストレス、そして、人生で2度目の競技(※オリンピック)はもうないかもしれないという意識が、片時も頭を離れないのです。
そして、この地獄のような苦しみがすべて終わり、メダルを勝ち取ったことを理解したときには、まるで天にも昇る気持ちで表彰台に上がっているんです。こんな瞬間に感情をコントロールするなんて無理ですよ。
おそらくオリンピックでの経験が原因だと思いますが、昨シーズンは僕にとって特に難しいものとなりました。試合から遠ざかる必要がありました。今後は、相当の結果を勝ち得るためだけではなく、喜びを得るためにどのようなトレーニングをすれば良いかを考え直す必要がありました。
そして今、その喜びは得られたと思います。僕はスケートに対して違う接し方をするようになりました。もしかすると僕が大人になったというだけのことかもしれませんが、内面的な成熟と、自分の力への確信を感じ始めたんです。今では、以前よりもずっと本物のスケーターになれたと思っています。
ー 具体的に言うと?
非常に重要な試合でフリープログラムを滑っているときでさえ、それは僕にとってショーの一部なんです。僕は、客席全体が僕の感情に満ちていくのを感じることが好きですし、みんなのリアクションを聞いたり、共通の体験をしてもらう(※感情を分かち合う?)ことが好きです。このことこそが、僕の考えでは、フィギュアスケーターを本物にするんですよ。
ー 一度ならず耳にしたのですが、あなたはこの夏、アレクセイ・ミーシンの合宿への参加を強く望んだそうですね。しかし彼は、自分の重要な生徒であるエフゲーニー・プルシェンコを教え続ける可能性があったので、あなたの申し出を断らざるをえませんでした。長年一緒にやってきたピーター・グリュッターの他に、誰か他のスペシャリストを戦力として招き入れることを本気で考えていますか?
目下のところ、今のチームに非常に満足しています。僕たちはお互いを完全に信頼しあっていて、これは僕にとってとても大切なことです。ただその一方で、新しい出会いはいつも何かをもたらしてくれます。例えば2年前、アントニオ・ナハロ(フラメンコの先生)と一緒にやり始めたときには改めて確信したものです。スペシャリストの影響というものは大きく、たとえそれが一時的な関わりであっても、スポーツ選手に多くの新しい知識や新しい感情を与え、自分のやっていることを全く別の視点から見させてくれるものだということを。
同じ顔ぶれの中で、いつも自分のスープの中で煮えることはできません(※自分たちだけの殻に閉じこもっていることはできません)。それでは疲れてしまいます。
ー 昨日、ちらっとこんな報道が出ました。ジュネーブが2018年(※のオリンピック)の開催地に立候補するかもしれないと。あなたはまだ32歳ですよね…
ノー、ノー、それはありません。何があってもね! 僕はすでに言いましたよ。「バンクーバーオリンピックが終わったら引退する」って。
ー 考え直すということはありませんか?
決してありません。難しすぎるからです。僕は自分が何を言っているのかちゃんとわかっています。自分の身体がすでにそれほど自由がきかない状態になっていることを、日々のトレーニングの中で感じているんです。僕がやっと活躍し始めた数年前からね。常に自分の膝や背中を感じながら、フィギュアスケートのレベルが上がっていく中で闘うためには、もっともっと努力を重ねなければいけないということがわかるんです。自分の力を現実的に評価するべきです。だから、僕は繰り返し言うことができます。「2010年が終わったら、引退して何か他のことをします」
ー 何を?
まだ決めていません。
2007年12月15日
エレナ・バイツェホフスカヤ
<原文>
http://www.velena.ru/skating/comp/2008/FGP2007_SL.html
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